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守口宿は【文禄堤(ぶんろくつつみ)】が有名です。
文禄堤は、河内平野に淀川が氾濫するのを防止するため文禄年間に豊臣秀吉が諸大名に命じて
建設された堤防道で、それが大阪と京都を結ぶ最短路の交通路【京街道】になった訳です。
また、【清滝街道】の分岐点でもあったことから旅籠などで栄えていたらしいです。
その反面、淀川舟運との繋がりがなかったのでそれらの発展で宿場に影響も与えていたらしいです。
航空写真で
京阪守口駅の下を北側へ抜ける道、信号一つ越えた所に小さな高架歩道が見えます。ここが文禄堤跡です。
今回の探索は
主だった目的を持たずに通天閣まで自転車を走らせ、帰路の目的を『アーケードめぐり』と称しました。
以前から、千林のマンホールに京街道を描かれているところから一部そうであることは知っていました。
ブログにまとめるため地域情報を調べていると、今回探索した道が全工程で偶然に京街道を走っていた事に
気付きました。
普段からなにげに過ごしていた町に歴史を感じた1日でした。
このあと京街道は枚方宿・淀宿・伏見宿を経て京に入ります。
一方、ワタシは帰路のため門真に向かいます。
文禄堤は、河内平野に淀川が氾濫するのを防止するため文禄年間に豊臣秀吉が諸大名に命じて
建設された堤防道で、それが大阪と京都を結ぶ最短路の交通路【京街道】になった訳です。
また、【清滝街道】の分岐点でもあったことから旅籠などで栄えていたらしいです。
その反面、淀川舟運との繋がりがなかったのでそれらの発展で宿場に影響も与えていたらしいです。
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